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魔法を暴けないコンテンツマーケティング

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※ 本記事は、特別企画「コンテンツディレクター9人が綴る、それぞれの『戦略的コンテンツマーケティング』」で紹介された、9編の書評記事の1本です。リンク先では、残り8編も紹介しておりますので、合わせてお楽しみください。

“みんなでつくる”ための考え方=コンテンツマーケティング

言わずもがな本書のテーマであり、昨今注目を集めているビジネスターム「コンテンツマーケティング」だが、コンテンツ制作者からすればその本質は決して目新しいものではない。これまでに優れたコンテンツ展開を行ってきた雑誌やWebメディアの手法をベースとし、コンテンツの策定から制作、見直しまでを含めた“PDCA”の流れを体系立てたものと言って良いだろう。取り立てて目新しいポイントがあるとすれば、ソーシャルメディアを活用した「コンテンツに関するオーディエンスとの対話の管理」くらいのものではないだろうか?

しかし「コンテンツマーケティング」という概念の価値は、そもそも「目新しさ」にはない。「クリエイティブ」という言葉によって霧の向こうに隠されていたコンテンツ制作のプロセスや、そこに至るまでの分析や検討を、コンテンツ制作者だけでなくコンテンツを必要とする人たちすべてに対して明文化し、知らしめたことにある。

具体的には「コンテンツでマーケティングを行う」「マーケティングをもとにコンテンツを制作する」という2つの視座を融合した考えのもと、制作/管理、最適化/統合/キュレーション、対話/傾聴、評価/学習といった各プロセスを関係者が理解することで、これまで「面白い/面白くない」といった感覚値が中心だった判断に、よりロジカルな基準が設けられ、各者の対話がより精緻なものになる効果が期待されるのだ。

では、そもそも今なぜ「コンテンツ」が再評価されているのか。それは、顧客や潜在顧客が自ら検索して情報を探す時代が過ぎ去り、ソーシャルメディア経由でサイトを訪れるケースが増加したからだろう。けれども、彼らが取得しているメディアストリームには、企業の情報だけではなく、オーディエンスの友人の発信情報がいくつも流れており、情報の大渋滞が起こっている。そんな状況の中、目を引いて、なおかつ友人にシェアしたいと思う情報=「シェアしたいと思わせる魅力的なコンテンツ」を作ることが求められているのである。そしてそんなコンテンツ制作を円滑かつ継続的に行うには、関係者をつなぐ統一の考え方としての「コンテンツマーケティング」が必要となってくる。ということである。

 

だが最後にはブラックボックスを通り抜けなくてはいけない

しかし私は「最終的に重視されるべきは理論ではなく、作り手の『エモーション』ではないか」と思いながら本書を読んだ。前述したように、本書は従来あいまいなものとされていたコンテンツ制作手法を、可能な限りロジカルに分析し体系化しているが、それでもやはり最後には情緒が重要視されている。コンテンツ制作者やその関係者たちが楽しんで制作することが必要である、そしてそういった制作が可能な雰囲気や体制を作ることが重要だ、と説かれているのだ。

これはコンテンツ制作者以外の方々には少々突き放されたと感じるくだりかもしれない。けれども至極まっとうなことなのではないだろうか。オーディエンスの情緒を震わせシェアを促すためには、コンテンツに人の心を震わせる振動を持たせることが必要なのである。コンテンツに振動を込めるためには、制作者たちのハートが震えていなければならず(=エモーション)、そのハートと動かす手がダイレクトにつながっていなくてはならない(=スキル)。それはコンテンツ制作者が制作者(クリエイター)であるためのプライドや必要技能でもある。

たとえば、アップルの数々のプロダクトを手がけてきたデザイン担当上級副社長ジョナサン・アイブは「われわれはフォーカスグループは行いません。オーディエンスが求める未来のプロダクトをつくるのはデザイナーの仕事です。現在のコンテキストから未来の可能性を得るという感覚のない人たちに、デザインしろというのは無理というものです」と話している。この発言はマーケティング否定として多くの読者に迎えられたものであるが、シンプルに考えれば、作り手が自らの感性を信じて、プライドを持ってクリエイションに対面することの重要性を語っている発言とも捉えられる。

近年、日本の家電メーカーが韓国を筆頭とした海外メーカーに押されている現状を指し「日本のメーカーの製品には驚きがない=素人の顧客の意見を聞きすぎる」という意見がある。これは本田宗一郎や盛田昭夫のような独創的な人間が製品開発の決裁を持っていた時代が終わり、社内政治に長けた人間が社長となるようになったことにより、クリエイションの重要度が下がった結果とも言われている。

いわずとしれたアップル社の創業者・故スティーブ・ジョブズは「消費者に、何が欲しいかを聞いてそれを与えるだけではいけない」「製品をデザインするのはとても難しい。多くの場合、人は形にして見せて貰うまで自分が何を欲しているのかわからないものだ」と語っていた。

また、これは同じく近年注目を集めている「共創」「コ・クリエイション」への批判ともなるかもしれない。消費者を巻き込んでの新企画立案は、参加人数の多いブレストが散漫な結果しか生まないように、フォーカスがしきれない。その結果がワンセグやおサイフ機能、防水などの機能を一通り入れただけで、なんら特徴のないユーザーエクスペリエンスしか与えられない国産スマートフォンなのではないか。

もちろん、マーケティングの重要性は変わらないだろう。それは確実に多くの関係者を納得させるための材料となるからだ。しかし、クリエイションにはやはり「クリエイティブ」という魔法が必要だ。不用意にマーケティングに従属してはならない。本書も、最終的にはそう言っているように私は感じた。これは私がコンテンツ制作者としてこの本を読んだからだろうか?

 

照沼健太

外資系メディア企業にて、音楽や映画を中心としたフリーペーパーやWebメディアの編集業務を担当後、2009年インフォバーンに入社。ソーシャルメディアを活用したコンテンツ制作を中心に、企業キャンペーンサイトの制作運用から、Facebookページ・Facebookアプリ・iPhoneアプリの企画制作などを手がける。