みなさん、愛をシェアしてますか?
今年もまたクリスマスがやってきました。年の瀬を迎えるこの時期、愛しい人と2人きりでケーキをシェアする人もいれば、忘年会でおいしい寄せ鍋をシェアする人もいることでしょう。そして、その後はしっかり、カラダをシェアする恋人たちも街中にあふれていることでしょう。
クリスマスに愛をシェアするといえば、私はいつもO・ヘンリーの「賢者の贈り物」を思い出します。中坊の頃に、この感動の物語を読んで、自分もいつかそんなロマンチックな贈り物を演出しよう!なんて思いを抱きつつはや数十年、今日までそんな恋物語とは縁のないまま無為な人生を過ごしてしまいました。だから、クリスマスといっても、私にできることは、ただ部屋にあふれた不用品を処分することくらいしか思いつきません。
そう……あれはクリスマスイブの夜でした。たしか7〜8年前のことです。AV業界にVHSからDVDへとメディア革命が起きた頃でした。私は余生の楽しみに、と思って、それまで10年以上にわたって貯めこんでいたアダルトビデオを、DVDへの転換を機にすべて処分しようと決意しました。 かといって、10年以上にわたる私の人生観、情念、業、哲学が集約されたビデオをただ捨てるのはあまりにももったいない……そこで思いついたのが「シェア」でした。
私は、自分と同じ寂しい思いをしている同志を呼んでビデオ鑑賞会という名のもと、作品の選別会を開くことにしました。「あれがほしい」「これはいらない」「あの子が懐かしい」「この子は◯◯が大きすぎる」とか「◯◯が濃すぎる」とかなんとか……みんな好き勝手に熱く語りながら、それぞれのお気に入りの作品をシェアした日が、まるで昨日のことのようです。
それはもう、なんてったって10年分です。ダンボール10箱分です。ぜんぶ持ち帰っても部屋に置けない同志たちは、余ったビデオを他の友だちにもシェアしよう! ということになって、早朝5時頃だったでしょうか、友人Aのアパートを訪れて、ダンボール1箱分のビデオをこっそりドアの郵便受けから1本ずつ押しこんできました。
友人Aは朝起きたら、きっとサンタさんからの思いがけないプレゼントに狂喜乱舞するぜよ! なんて友だちとサンタの気分になって勝手にはしゃいでいたのですが、そんな友人Aにはじつはこっそり彼女ができていて、その日も泊まりに来ていたそうな(クリスマスイブでしたからね)。そして友人Aはビデオの贈り主が誰かなんてすぐに察しがついたそうで、彼女には弁解のしようもなく、泣く泣く粗大ごみとして捨ててしまった、と本人から聞いた日が、まるで昨日のことのようです。
そんなこんなで、私自身、クリスマスの思い出をいろいろ振り返ってみても、これくらいしか思い浮かばない、という、なんともお粗末な人生を送ってきたわけですが、先週たまたま環境倫理を問う「ウンコに学べ!」(ちくま新書)という本を読んで、シェアすることの大切さを改めて認識させられ、はたして自分はこれまで人と何かをシェアする有意義なことをしてきただろうか? 自分はもしかしたら、社会でなんの役にも立ってないただのウンコタレではないのか? ふと、そんなことを考えたところ、唯一思い浮かんだのがアダルトビデオのシェアだったというわけです。
さて。
みなさんは、こんな囃し歌をご存知でしょうか。
みっちゃんみちみちうんこたれて
かみがないから手でふいて
もったいないからなめちゃった
「ウンコに学べ!」で紹介されていたのですが、私が子どもの頃には当たり前のようにみんなが歌っていたものです。Dr.スランプのアラレちゃんもよく歌っていたのでご存知の方は多いかもしれません。
著者は、この有名な子どもの囃し歌について「子どもの健全な気遣いや知的好奇心が潜んでいる」と珍妙な考察をしていますが、「もったいないからウンコなめちゃった」なんて、地球上の生命がみな食物連鎖でお互いに支えあって生きていることを考えると、けっこうシェアコンセプチュアルな歌のような気もしてきます。
シェアとは、まさに「もったいない」の精神に培われた概念とも言えます。まあ、いくら「もったいない」といっても、さすがにみっちゃんみたいに自分のウンコまで食べる人はなかなかいないでしょうが、著者は「ウンコ好きなバクテリア」の話に始まり、「インドネシアの水上レストランでは、トイレの下がエビの養殖場になっていて、人間のウンコをエビが食べて、そのエビをまた人間が食べる」という例や、「焼却したウンコがアスファルトの材料に使われている」例などを挙げて、人間がいかにウンコに依存し、ウンコシェアに頼って生きているかについて熱く語っています。
いまやウンコ……いや、シェアという概念は、ソーシャルネットワークの恩恵も受けて、従来のリサイクルやリユースにとどまらず、お金や時間や空間やスキルまで、かつてなかったようなさまざまな形となって盛り上がってきているようです。世界中のあちこちでシェアコミュニティとシェアビジネスが生まれ、そこから世界規模のシェアリングエコノミーが始まろうとしているのかもしれません。
シェアリングエコノミーへの期待は、長引く世界不況のせいかもしれませんし、拝金主義や競争社会、格差社会への反動なのかもしれません。あるいはエネルギー枯渇や環境破壊への危機感からかもしれません。
シェアリングエコノミーは、人と人が幸せを交換する市場価値「ウッフィー」と同義語でもあり、多くの人との出会いや交流によって共生を育み、豊かなソーシャルグラフを編み出していくことでしょう。
情けは人のためならず——そう。人と人が出会い、交わり、シェアすれば、わらしべ長者も夢じゃない。ウンコまみれの人生こそ、エコサイクル——それが私のソリューション。
2011年はシェアスピリッツでウンコにまみれた……いや、ウンにめぐまれた1年になることを願いつつ、よいお年を!
PS
「賢者の贈り物」のお話をかいつまむと——妻のデラは、夫のジムが大切にしている懐中時計を吊るす鎖を買うために、自慢の長い髪を切って売ってしまう。一方、夫のジムはデラが欲しがっていたクシを買うために懐中時計を質屋に……鎖を買ったのに懐中時計がない、クシを買ったのに長い髪がない……でも2人には愛があるからいいよね——という、すれ違いのシェアラブを描いた作品です。
今週の推薦本
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弊社CEO小林弘人が監修・解説。










