マネージャーブログ

感じるかんじ(走る)

成田 幸久

みなさん、いっぱい走ってますか?
坊主も走る、師走の季節がやってきました。

私は師走に限らず、毎晩、午前零時を迎えると近所の公園を走っています。走り始めた頃、真夜中の公園はとてもとても不気味でした。ものの怪が出てきそうですし、月夜にはバンパイヤやルナティックな人たちが大挙して押し寄せてきそうな気配も漂います。

まさに暗中模索。

でも、そんな不安や恐怖を克服して走り続けていると、実は公園で一番不気味なのは私自身だった!と気づくまでに、それほど時間はかかりませんでした。カップルや犬を連れた女性が、不意に私と遭遇した時の恐怖に怯える形相を見れば、私がいかに不気味な存在か、否が応でも思い知らされます。それはまるでナイト・シャマランの映画の主人公になったような、驚愕の発見でした。

ちかごろ、巷では森ガールと呼ばれる女の子たちが増殖しているそうですが、世田谷の公園で深夜に不気味な森オジサンが出没!という噂が広がっていたら、それは私です。

そう。そんな私は、森オジサン。

run

今ではカラダがジョギングコースを覚えてしまい、暗闇で目隠しをしても走れます(ウソです)。でも、視覚の自由が奪われた暗闇を走っていると、聴覚、嗅覚、触覚など、他の感覚機能が冴えてきます。風のそよぎを感じ、木々の息づかいを感じ、土の匂いを感じ、虫たちの囁きを感じ、春夏秋冬の移り変わりを肌で感じるようになってきます。第六感も磨かれ、そろそろ森の妖精も見えてきそうな期待感も高まってきてます。

なぜ走る?
それは、気持ちいいから。

都会暮らしで退化つつある五感が日々研ぎ澄まされていくのも、走り終えたあとの熱い風呂と冷たいスプライトゼロも、快楽の一助となっています。とはいえ、走ればすぐに気持ちよくなるというものではありません。ましてや「あっはーん♡、うっふーん♡」なんていう気持ちよさを期待すると、必ず裏切られます。そして、どんなに毎日走っても、最初の30分はいつも苦しいんです。

ただ、30分を越えると「あっはーん♡、うっふーん♡」とまではいかなくとも、ゆるやかな爽快感はやってきます。それはβ-エンドルフィンというホルモンが分泌されるためだと考えられています。走っているとカラダは脳に苦しい、辛いという信号を送り、その信号を受けた脳が苦しさや辛さを和らげるために、β-エンドルフィンを分泌するわけです。エッチをした時や美味しいものを食べた時も同じように分泌されるそうなので、もしかすると修行を積めば、このβ-エンドルフィンがいつか「あっはーん♡、うっふーん♡」という快楽をもたらしてくれる日が訪れるかもしれません。

はたして走る、とは?
私は自問自答します。

アジア有数の名門校として知られるシンガポール国立大学のマーケティング理論の教科書には、こんな主旨の訓辞が書かれているそうです【*】。

鹿は朝日が昇ったらすぐに走り出す。
そうしないと、虎に食べられてしまうから。

虎は朝日が昇ったらすぐに走り出す。
そうしないと、鹿を食べられないから。

鹿になるか虎になるかは君次第。
どちらにしても君は朝日が昇ったらすぐに走るべきだ。

そんな内容だったと思います。
弱肉強食は人間社会も同じ、ということでしょうか。

私は鹿にも虎にもなりたくはありませんが、「自分にできるのか?」「もし失敗したら?」などとあれこれ考えるより、まずは走ってみることにしてます。もちろんすぐに走ったからって、30分で快楽や結果が得られるものではありません。場合によっては30日、あるいは300日かかるかもしれません。

でも、走りさえすれば、たとえ遅くても、途中でコケても、ケガしても、沿道の人は必ず応援してくれるものです。完璧に走る必要なんてないんです。暗中模索を経てゴールにたどり着けば、そこには完走した者だけが知る快感が待ってます。

だから私は仕事でも、たくさんのハードルを与えられ、とことん追い詰められ、ヘロヘロになるまで走らされ、たくさん汗を流すことに、悦びを覚えます。

考えるより走れーーそれが私のソリューション。

なんて、営業トークにこじつけるのもどうかと思いますが、苦しい思いをすればするほど、β-エンドルフィンはたくさん分泌されますからね。

【*】「週刊ベースボール」に連載中の清武英利氏のコラムからの抜粋。

今週の推薦曲「明日なき暴走」
borntorun

「俺たちのようなクズ野郎は突っ走るために生まれてきたんだ!」と叫ぶブルース・スプリングスティーン。

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