みなさん、セミに刺されたことがありますか?
刺すんですよ、セミって。
お盆を過ぎた頃でした。近所の公園をジョギングしていると、道端に一匹のセミが転がっていました。死んでいると思ったセミが、なんだかちょっと動いていたものですから、拾って人差し指に絡ませてみました。するとこのセミ、6本の脚でしっかりと私の指にしがみつくんです。
こいつ、ちょっとキュートかも♡……なんて、眺めていた刹那、チクっと微痛が走りました。あの長く尖ったクチバシを私の指腹にプスっと刺して穴を空けているではないですか。樹液でも出てくると勘違いしたのでしょうか。まあ、昇天間近のセミに怒っても仕方がないので、私はこのセミを赦すことにしました。

ところでこの場合、やはり「刺された」というべきなのか気になって、ATOKで「さす」と打って漢字変換してみました。意外とたくさんあるんですね。「射す」「差す」「指す」「刺す」「挿す」「注す」「点す」と、さまざまな漢字が出てきました。
痛そうな順番で言うと、刺す>射す>指す>差す>注す>点す>挿すという感じでしょうか。
痛さは「圧力」に比例します。一面積当たりにかかる圧力が大きいほど痛みを感じます。また“気の持ちよう”によっても痛点は変わってきます。乳首を洗濯ばさみで挟まれて「痛いっ!」と感じる人もいれば、「気持ちいいっ!」と感じる人もいるーーそんな感じ?
で、一番痛そうな「刺す」。「名刺」のように「札」を意味することもあるようですが、やはり殺意を感じます。「注す」と「射す」は「日射し」や「注目」など、“気の持ちよう”(あるいは使う場面)によって、痛みの強弱は変幻自在です。「注す」と「射す」がくっつけば「注射」。痛そうです。イヤですね。「指す」といえば、やっぱり後ろ指。人に後ろ指や欠点を指されるのはハートがちくちく痛みますが、時には自分のために必要なことかもしれません。
そして「挿す」。
ほとんど痛みとは無縁な印象です。辞書には「細長い物を他の物の間に入れる」(太くて短い物はダメ?)とあり、使用例を見ると「髪に櫛を挿す」「挿し木」「挿し花」というように、やっぱり優しいことば使いになります。「挿す」には、「挿す側」と「挿される側」のあいだに合意があるようにも思えます。
あるいは「挿入」。
気持ちよさそうです。入れる時は固くて、出す時は柔らかいものはなーんだ? なんていうクイズの答えはガムですが、これは「噛む」ものですね。
話が逸れました。
誰だって「刺したり」「刺されたり」することとは、無縁でいたいものです。でも、時にはちょっと痛い思いもしてみないと、人はなかなか成長することができません。
私はこの「刺す」という漢字を使った「刺激」ということばが好きですが、人は「刺激」にもすぐ慣れてしまう困った生き物です。だから、マンネリや惰性や退化から逃れるためにも、時々、自ら「刺されてみる」ことはとてもいい体験だと思うのです。
だから私は仕事でも、お客さんにたくさん指摘されて、たくさん叱られて、たくさん刺激されて、ちょっとだけ誉められることに、快感を覚えます。
「痛み」を「快感」へ——それが私のソリューション。
なんて、営業トークにこじつけるのもどうかと思いますが、最初は痛い思いをしても、慣れてくれば気持ちよくなることって、いっぱいありますからね。
PS
ちなみにセミに刺された場合は、「螫す」という漢字が使えるようでした。
「虫を赦す」と書きます。


