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2014.3.18

アドボカシーな三大昔ばなし

 

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こんにちは。インフォバーンの成田です。

大人になって、改めて日本昔ばなしを読んでみると、なぜ今日まで長年読み継がれてきたかが理解できます。古典文学は、生まれ育った環境、時代、国境を超えた、弱さ、強さ、欲望、美徳といった人間が持つ本質が赤裸々に描かれているからこそ、今日まで朽ちることなく愛されているのでしょう。昨年トレンドになった「倍返し」も「じぇじぇじぇ」も、欲望や誘惑に抗えない人間の性(サガ)を描いたおもしろい物語でしたが、やはり何百年も生き残る物語は「人間の真理」を語っているからこそおもしろい。なかでも最近、日本昔ばなしを読んで気づかされたのが、人間の営みにおけるアドボカシーマーケティング理論の重要性です。

先週のコラムでも少し触れましたが、「アドボカシー(advocacy)」とは、「支援」「擁護」「代弁」などの意味を持ちます。アドボカシーマーケティングは、顧客との信頼関係を築くことを目的に、徹底的に顧客本位で接するマーケティング手法のこと。日本では、米MITのグレン・アーバン教授の著書『アドボカシーマーケティング 顧客主導の時代に信頼される企業』が出版されて広く知られるようになりました。

インターネットやソーシャルメディアの普及によって、情報の取捨選択やクチコミ評価が可能になったため、企業は「顧客第一主義」を追求し、信頼を得ることで顧客との長期的な関係性を構築し、利益を目指さなければならなくなりました。このことがアドボカシーマーケティングが注目されるようになった由縁です。アドボカシーマーケティングの考え方は、ITの発達がもたらしたと同時に、それに伴って生まれた人間の営みの本質への原点回帰でもあると言えます。そこで3つの日本昔ばなしから、アドボカシー理論の重要性、そして、その原点回帰現象が起きた根拠を探ってみたいと思います。どんな話だったか忘れてしまった、という方のために簡単にあらすじを紹介します。

<花咲かじいさん>
「ここ掘れワンワン」や「枯れ木に花を咲かせましょう」というセリフが有名な昔ばなしです。正直者の老夫婦とあこぎな老夫婦の白い犬をめぐる対照的な運命の行方を描いています。白い犬は、かわいがってくれた正直者の老夫婦には金貨財宝をもたらし、虐待したあこぎな老夫婦にはガラクタ(ゲテモノ・妖怪・欠けた瀬戸物)をもたらします。自分を殺めたあこぎな老夫婦には汚物や灰をもたらし、自分を埋葬してくれた正直者の老夫婦にはまたも財貨をもたらし、枯れ木に花を咲かせます。<舌切り雀>
ある日、おじいさんにかわいがられていた雀が、おばあさんに舌を切られて逃げ出します。おじいさんが雀を追って山へ行くと雀たちは歓待してくれ、お土産に大小2つのつづら(蓋つきの籠)を渡されますが、おじいさんは小さい方を持って帰ります。すると中には小判が詰まっていました。一方、欲張りなおばあさんは、小判を手に入れるため雀の宿に押しかけ、大きなつづらを強引に持って帰りました。すると中には妖怪やトカゲやハチやヘビが詰まっており、おばあさんはびっくりして気絶してしまいます。

<鶴の恩返し>
ある冬の雪の日、おじいさんが罠にかかった一羽の鶴を逃がしてあげました。その夜、美しい娘が夫婦の家へやってきて「道に迷ったので一晩泊めて欲しい」と言います。夫婦は雪が振り続ける間、いく晩か泊めてあげると、娘は「あなた方の娘にしてください」と懇願します。老夫婦は承知し、娘は「絶対に中を覗かないでください」と夫婦に言い渡して部屋にこもり、不眠不休で布を一反織ります。初めは約束を守っていた老夫婦ですが、好奇心でつい覗いてしまいます。鶴は、自分の正体がバレた以上ここに居られないと、空へ飛んで消えていきました。

この3つの物語は、総じて邪心や行き過ぎた欲望がもたらす災いについて警告をしています。日本昔ばなしには、老夫婦と動物とのふれあいを通じた物語が多いですが、それは現代的な「動物愛護精神」ではなく、自らをとりまく環境との共存共栄の道を説いているようにも思えます。動物を慈しむことなど、見返りのない行為の象徴とも言えます。短期的には損だと思える行為でも、相手を思いやる気持ちで臨めば、長期的には自らの利益につながるというアドボカシーマーケティング理論は、良い行いをすれば良い報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがあるという仏教思想(因果応報)とも相通じるものがあります。

 

アドボカシーマーケティングで守るべき3つのルール

アドボカシーマーケティングには、守るべき大切な3つのルールがありますが、これはすべて日本昔ばなしに織り込まれている教訓でもあります。

1)顧客を支援せよ
アドボカシーマーケティングの要となるのは、顧客の消費活動を支援することです。顧客の利益のためなら、一時的に自社の不利益となる「競合他社を推薦」することもやむを得ないとしています。顧客の声に耳を傾け、商品やサービスの改善を続けていくことで成長を目指します。そして、長期的には顧客との信頼関係を築くことが、企業にとって大きなメリットになっていくと考えられています。3つの日本昔ばなしに登場する主人公の老夫婦たちはみな、か弱い動物たち(犬、雀、鶴)を慈しみ、愛する人たちです。動物を助けることで、何か利益を得ようともしていません。しかし、動物たちは老夫婦に富と幸福をもたらします。

2)自ら正直であれ
アドボカシーマーケティングでは、見込み客や顧客に対してウソ偽りのない情報を提供し、顧客の利益を追求します。ソーシャルメディアによって情報交換や発信が容易になった今日、自社の商品やサービスで都合の悪いことを隠すのは非常に難しくなっています。3つの日本昔ばなしで正直者の老夫婦たちはみな、最後に幸せを手にします。一方、ウソをついたり、動物を虐待したり、少しでも邪な思いを抱いた人たちは、みな手痛いしっぺ返しを喰らいます。「花咲かじいさん」に出てくるガラクタ(ゲテモノ・妖怪・欠けた瀬戸物)や、「舌切り雀」の大きいつづらから出てくる妖怪やトカゲやハチやヘビは、ウソつきで目先の欲望に駆られた人たちに振りかかる災厄の象徴として描かれています。

3)約束を守れ
企業は顧客との約束を守り、信頼を得なければなりません。目先の利益に駆られて顧客の利益を損ねることは得策ではありません。信頼は、長期的な利益や投資対効果と重要な相関関係を持ちます。アドボカシーマーケティングでは「信頼」や「ロイヤルティ」という長期的な指標を用いることで、継続的な利益の最大化を狙います。「鶴の恩返し」でせっかく善行が報われた老夫婦も、好奇心が高じて約束を守らなかったため、利益を逃すことになります。浦島太郎もしかり。せっかく亀を助けて竜宮城に招待されて楽しい宴を満喫したものの、約束を破ってしまったため、つかの間の快楽が実は長い人生の浪費であったと気づかされます。

日本昔ばなしでは、正直で透明性を維持することは、神様や仏様が見ていて、因果応報として報われる、というメタファーとして教訓を残しています。そして、今日の情報解放時代、自らメディアパワーを持ったオーディエンスは現実に「神の目」をもって、企業の命運を握ることになったのです。

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