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2014.6.11

読まれるコンテンツの三原則

column06

 

こんにちは。コンテンツ開発ユニット長の成田です。

「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを面白く」

これは、作家の井上ひさし氏が残した名言です。今回はオーディエンスの興味・関心を引き、読まれるために必要な、「易しく、深く、面白い」コンテンツを作るコツについてご紹介します。

 

難しいことを易しく

「難しいことを易しく」伝えるためには、「シンプル」かつ「具体的」であることが条件になります。瞬時に読みたいと思わせるコンテンツを作るためには、まずシンプルであることが必須です。

「非暴力非服従闘争の先駆けとなったインドの偉人」(22字)
「インド独立の父」(7字)

上記のタイトルがガンジーについての説明であることは、ほとんどの人が理解できるでしょう。またガンジーという人物を伝えるのに22字と7字でそれほど違いはありません。7字のほうがピンと来る人が多いかもしれません。このようにオーディエンスに内容を瞬時に理解してもらうためには、多くの言葉は必要ありません。むしろ余計な情報を削ぎ落とし、短くシンプルにすることで、よりわかりやすく的確に本質を伝えられるのです。

人類史を代表する2人の天才、アルバート・アインシュタインとレオナルド・ダ・ヴィンチもまるで申し合わせたように、「シンプル」の重要性を提唱しています。アインシュタインは「すべてのものは、できるだけシンプルに作られるべきだ。ただ、シンプルすぎないように」と。ダ・ヴィンチは「シンプルさは究極の洗練である」と。アインシュタインの「シンプルすぎないように」というのは、「手を抜かないように」という意味だと、わたしは解釈しています。

アインシュタインといえばE=mc2という方程式が有名ですが、このシンプルな方程式が導かれるまでには、凡人のわたしたちには理解できない長い長い複雑な道のりがあることは想像に難くありません。シンプルな表現とは、伝えたい100のうち99を単に省略して1を伝えるのではなく、伝えたい100のことを1に凝縮する作業と考えてよいでしょう。たとえるなら、100キロの丸太から1キロ分の一片を切り出すのではなく、100キロの丸太を少しずつ削って1キロの球体を作る工程に近いと言えます。ダ・ヴィンチが「究極の洗練」と言ったように、シンプルにするということは、手間をかけて余計な情報を削ぎ落とし、本質をむき出しにする作業なのです。

そして具体性。具体的であればオーディエンスはイメージが湧きやすく、多くの人が同じ認識を持つことができます。たとえば「入れる前は固くて、入れた後にしばらく使うと液が出て柔らかくなってしまうもの」と周りくどい言い方をした場合、人によって解釈の幅が広がり、すぐに理解されなかったり、本来伝えたい内容が誤解して伝わったりします。これをもう少し具体的に「口に入れて噛むと口臭防止に効いて柔らかくなるもの」と言えば、それが何であるかはすぐにわかるでしょう。

あるいは「美しい花を贈ったら彼女はすごく喜んだ」という一文では、「美しい花」が、可憐なのか? 色鮮やかなのか? 花束なのか? 一輪なのか? 何色の花なのか? まったく見えてきません。「贈ったら」は、どうやって贈ったのか? 「喜んだ」とは、微笑んだのか? 叫んだのか? 泣いたのか? 抱きついたのか? これを「一輪の赤いバラを手渡したら彼女は目を丸くした」とすれば、誰もがその光景を簡単にイメージできるでしょう。抽象的な美辞麗句より、具体的な動作の描写のほうが、読む人は瞬時に光景が目に浮かび、理解しやすくなります。

アインシュタインは、一般相対性理論について「熱いストーブの上に1分間手を当ててみてください、まるで1時間に感じられる。では可愛い女の子と一緒に1時間座っているとどうだろう、まるで1分間にしか感じられない。それが相対性です」と、たとえ話を使って説明しています。アインシュタインのこのたとえ話は一般相対性理論の「状況が変われば時間の長さも変わる」という本質を、誰もが具体的に経験があるストーブの熱さや恋愛にたとえることで、易しく伝え、理解を深める手助けをしています。

「易しく伝える」ためには、学術論文や役所の書類のような難しい言葉や、まわりくどい表現を使わないことが大前提ですが、それはすなわち、いかに具体的な言葉を使うか、ということを意味します。そして、言葉が具体的でシンプルであるほど、伝えたいメッセージは深く、濃く、強くなるのです。

 

易しいことを深く

「易しいことを深く」伝えるために必要なのは、論理的展開示唆に富んだ根拠です。表現を易しくすると、薄っぺらくなると思われがちですが、それは正しくありません。村上春樹氏の小説は非常に読みやすく、難しいと感じる人はあまりいないと思いますが、同時に彼の小説が浅はかで薄っぺらいと思う人も少ないでしょう。それは彼の作品がわたしたちに感動や共感を与えてくれるだけでなく、多くの示唆に富み、人間の営みについて深く考えさせてくれるからです。またジャーナリストの池上彰氏がテレビでこれほど人気者になったのも、まさに「難しいことを易しく、易しいことを深く」伝える彼の論理的説明が、オーディエンスの心を揺り動かし、「なるほど!」と思わせる説得力を持つからです。

ガンジーは、「握り拳と握手はできない」「“目には目を”という考え方では、世界中の目をつぶしてしまうことになる」「非暴力は暴力よりも無限に優れているし、許すことは処罰するより遥かに男らしい」……といった数多くの示唆に富む言葉を後世に残していますが、その言葉の背景に彼の生き様と偉業、そして史実に基づいた論理的根拠(説得力)があるからこそ、わたしたちはガンジーの言葉に心を動かされ、記憶に留めるのです。

 

深いことを面白く

「深いことを面白く」伝えるには、「意外性」「物語性」「個性」が欠かせません。ガンジーについてはほとんどの人が歴史の教科書で知ったに違いありません。でも教科書で知ったガンジーにあなたは感動したでしょうか? 心が震えたでしょうか? もしあなたがガンジーの人間としての素晴らしさ、偉大さをオーディエンスに伝えたいと考えるなら、この「意外性」「物語性」「個性」を抽出すべきでしょう。これらの要素を抽出することでコンテンツが「面白く」なり、それがオーディエンスの心を動かし、記憶装置として働くからです。

 

Gandhi_spinning_1929

 

インドの糸車を廻すガンジー(wikipediaより)

たとえばガンジーについてオーディエンスに興味・関心を持たせ、理解してもらうために、下記のようなタイトルをつけたとします。

「ガンジーはいかにして性欲を克服したか?」
「ガンジーの“非暴力不服従”の原点は、性欲の克服にあった」
「両親の“年の差婚”がトラウマだったガンジー」
「13歳で結婚したガンジーはセックス中毒に悩んだ!?」

あなたはこれらのタイトルを見て何を感じたでしょうか? 「意外性」「物語性」「個性」をひと通り盛り込んでみましたが、下世話でしょうか? 低俗でしょうか? ガンジーを中傷しているでしょうか? この一見、扇情的・刺激的なタイトルを生かすも殺すも、じつはその後に展開されるストーリー次第です。ガンジーの禁欲主義、菜食主義と非暴力不服従の思想は決して無関係ではありません。ガンジーという歴史的な偉人でさえも、わたしたちと同じ欲望を持ち、同じ悩みを抱える普通の人間だったと知ることで、ガンジーへの興味・関心が生まれ、親近感、共感、尊敬の念は、より高まるのではないでしょうか。

最後に「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを面白く」伝える例として、ドラマ「ガリレオ」で湯川准教授が内海刑事に科学について説明するシーンを紹介しておきます。

内海「科学者って人の気持ちについては深く考えないんだなあ」
湯川「当たり前だよ。感情は論理的ではない。論理的ではないモノにまともに取り合うのは時間の無駄だ。わからないか? たとえば君が犬のうんちだとしよう」
内海「はっ!?」
湯川「うんちだから臭くてたまらない。なのにそれを目の前にしてなぜ臭いかを考え続けるやつがいるか? 処理するか、その場から逃げ出すか、とにかく犬のうんちにまともに取り合うのは時間の無駄だ」
内海「…つまり、私は犬のうんち?」
湯川「そうだ。何度もいわせるな」

 

「コンテンツ作りの三原則」についてわかりやすくまとめたスライド資料です。
ぜひこちらも併せてご覧ください。

コンテンツ作りの三原則from INFOBAHN.inc

 

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