
Service Design Global Conference(以下、SDGC)は、サービスデザイン・ネットワーク(SDN)が主催する世界最大級の年次集会です。毎年、世界各地からデザイナーや経営者、研究者が集まり、最新の知見を交わします。
今回、ダラスで開催されたSDGC25のメインテーマは「ビジネストランスフォーメーション by デザイン(BX by Design)」。 その背景には、アメリカを中心としたビジネスの現場で「デザイン」の役割が劇的に変化していることがあります。
報告会には、SDGCに参加したインフォバーンのデザイナー 山岸とデザインリサーチャー 阿部、そしてデザインディレクターの辻村が登壇しました。さらにゲストとして、住友商事の堀健太郎さん、日立製作所の生出英梨子さんを迎え、計5名それぞれの視点から「サービスデザインの今」を語りました。
このレポートのキーワードは、「デザインは価値の実装段階へシフト」「効率化と人間性の両立」、そして「主従関係から共創関係へ」です。ビジネスの現場において、デザインはどのような役割の変化を求められているのか。その本質に迫ります。
【SDGC報告①】デザインは第2フェーズへ。価値創出から実装へのシフト
報告会の冒頭では、インフォバーンの山岸がカンファレンスのキーノートで語られた提言と、それをもとにビジネス変革へつなげるための3つのポイントを共有しました。

サービスデザインの創始者の一人であるBirgit Mager氏は、「サービスデザインは、道具を整える第1フェーズから、実際に現場で価値を実現する第2フェーズに移行した」と提言しています。かつてはペルソナやジャーニーマップの作成が主な取り組みでしたが、今は組織を動かし、事業にインパクトをもたらす力が重視される段階に入っています。
サービスデザインをビジネスの実装へとつなげるための要点として、以下の3点に整理しました。
1.組織の基盤構築に向けて|組織の「ハブ」となり、共創の土壌を作る
デザイナーが各部門の「ハブ」の役割を担い、縦割りになった組織をつなぎ直すことで、共創の基盤を築く。
2.意思決定の加速に向けて|不確実性を「可視化力」で導く
曖昧で伝わりづらいビジョンや戦略を、プロトタイプなどを活用して「可視化」することで具体的な形にし、経営層や現場の合意形成へと導く。
3.組織の基盤構築に向けて|組織の「ハブ」となり、共創の土壌を作る
デザイナーが各部門の「ハブ」の役割を担い、縦割りになった組織をつなぎ直すことで、共創の基盤を築く。
これらのポイントは、デザイナーの役割が組織そのものを動かし、事業成果へとコミットする「変革のプロデュース」へと進化したことを示しています。
【SDGC報告②】効率化の先にある、“指揮”と“ケア”の役割
続いて、インフォバーンの阿部から、AIと協力する中でのデザイナーの役割の変化についての視点が示されました。

特に強調されたのは、「作る人から指揮する人へ」という役割の変化です。ダラスで行われたワークショップでは、最初の課題の設定からAIに任せる「AIファースト」という新しいプロジェクトの進め方が紹介されました。
これまで自ら考え手を動かしプロジェクトを進めてきたデザイナーは、AIが生み出す大量のアウトプットを評価し、取捨選択する「キュレーター(指揮者)」のような立場へと役割を変えていく必要に迫られています。一方で、今回の報告で忘れてはならない点として強調されたのは、「人の尊厳を守るケアの実装者」としての役割です。
AIによる自動化が進むと、効率に偏ったビジネス判断が増えていくと見込まれます。しかし、そのような中で数値化できない人間の尊厳や、サービスデザインの基本となる人間中心の視点を誰が守るのか。阿部は、今後のデザイナーは人・組織・AIをつなぐコネクタとなり、効率だけでなく人のケアの視点も大切にしながら、現場と協力したプロセスづくりを目指すべきだと締めくくりました。
【パネルトーク】 「人間中心」を再定義し、組織へインストールするために
後半のパネルトークでは、住友商事の堀健太郎さん、日立製作所の生出英梨子さん、そしてインフォバーンの辻村を加えて、日本企業におけるデザインの現在地を議論しました。

データ重視のアメリカ、身体性を重んじる日本・欧州
前年に続きSDGCに参加した堀さんは、今回のアメリカ開催において「データを徹底的に重視する姿勢」に衝撃を受けたと語ります。
「ワークショップなどで現地の参加者と会話をしていると、定性的なデータよりも量的なデータの重要度と優先度が高まっている空気が広がっていると感じた。ビジネスの現場に入り、周囲と共通の言語で議論するうえで量的なデータが重宝されるのは理解できる。しかし、その傾向が過度になると、人の潜在的な欲求や背景にあるインサイトを捉えにくくなるのではないかという懸念も感じている」と、現地での実感を共有しました。

生出さんも、利益(Profit)を最優先にしたセッションが多かったことに触れ、「だからこそ、最後に『Humanity』について話された意義は大きかった」と共感を示しました。単なる効率的なビジネスモデルの構築にとどまらず、改めてサービスデザインの原点である「人間中心設計」をどう守るかが、共通した論点として浮かび上がりました。

感情と信頼を測る「新たな指標」の模索
また、AIによる効率化が進む中で、議論は「体験の画一化」というテーマにも広がりました。データの平均値や過去の正解に基づいて最適化を繰り返すと、提供されるサービスはどこも似たものになり、個別のユーザーが持つ繊細な感情や企業やサービスが持つ独自の文脈、またプロセスの中で生じる偶発性が失われてしまいます。
生出さんは、AIの発展によってかえって作業時間が増えることや、期待した答えに到達しないといった、現場で実感している“むず痒さ”や“違和感”を指摘。効率性を追求するシステムの論理に流されず、「感情を動かす体験」や「信頼関係」といった、数値では測りづらい価値をどのようにして評価指標(KPI)に組み込むかという切実な課題が語られました。
効率やデータが優先される今だからこそ、システムの提示する正解に身を任せるのではなく、自分自身の意志や違和感を大切にし、あえて立ち止まって人間性を問う必要があるという認識を共有しました。
組織を変える「主観的な仲間」としての関わり方
「組織変革にデザインはどう貢献すべきか」という問いに対し、辻村は、単なる成果物の納品で完結する「受発注関係」からの脱却を強調しました。点の関わりだけでは、組織の深くにある課題には届かないからです。
インフォバーンのようなエージェンシーに今後求められるのは、例えば研修という形でクライアント組織にアセットや知見を提供し、ノウハウとしてクライアント組織に内部化していく伴走支援です。第三者としての客観的な視点を持ちつつも、組織の中に入り込み、“当事者と同じ目線”で深く関わっていく主観的な姿勢も同時に不可欠になると話しました。

これを受け、堀さんからは巨大な組織においてデザインチームが少人数であっても、着実に変革を促すためのアプローチが提示されました。それは、デザイナーがすべての課題を解決するのではなく、現場の事業部門にデザインの知見をインストールし、彼ら自身が主体的に動ける環境を整えることです。
具体的には、現場の人たちが「自分たちの力で事業を良くしていける」という手応えを掴めるよう、必要な知見を形にして、いつでもアクセスできる状態に整備しておくことの重要性が語られました。単に手法を伝達するだけでなく、現場が自走できるためのツールや環境そのものを用意し、自信が持てるまで伴走する必要があります。
“外部の支援者”として成果物を納品して終わるのではなく、現場と同じ視点に立つ”主観的な仲間”として深く長期的に関与していくこと。こうした地道な環境整備と関わり方こそが、組織に変革を定着させるための鍵であるという認識が共有されました。
主従関係を超え、共に絡まり合いながら未来を作る
イベントの締めくくりに、辻村は「絡まり合ってサービスデザインをしていこう」というキーワードを提示しました。

AIの普及により、人間と道具の主従関係が解体されている今、クライアントとデザイナーの関係もまた、固定的な枠組みを超えていく。単なる支援の枠に留まらず、共に絡まり合い、悩みながら新しい価値を生成する関係性へ──。
サービスデザインは、単なる「効率化のための手段」以上の役割を果たし、私たちの組織や社会の姿そのものを再構築していきます。このイベントは、サービスデザインの新たな可能性を強く印象づけるものとなりました。

スピーカー
堀 健太郎
住友商事株式会社
自動車グループ CFOオフィス MXチーム チーム長代理 サービスデザイナー
1999年ソニー(株)に入社。2012年より同社のクリエイティブセンターにてサービスデザイン組織の立ち上げから参画し、金融・医療・ライフサイエンス・エンタメなどB2B領域のプロジェクトを主導。その後デロイトトーマツコンサルティングを経て、2021年より住友商事(株)モビリティ部門に在籍。メーカー、コンサル、商社という多様なバックグラウンドを活かし、現在はモビリティ領域における様々なサービスの体験設計・事業開発に従事している。
生出 英梨子
株式会社 日立製作所
AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット DesignStudio デザイナー
教育哲学を専攻後、映画をテーマにしたカクテルバーのバーテンダー、地域密着型NPOなど多様な現場を経験。2018年には(株)オリエンタルランド技術本部にてアトラクション保守点検業務に従事し、現場の安全を支える仕組みづくりを担当。仕事ごとに異なる苦労や創意工夫、そこに宿る想いを肌で学び、実体験から得た「現場に根ざす視点」をデザインの原点としている。2020年からは日立にて、人起点のデザインを軸に、公共・産業・金融・モビリティなど多様な領域で経験価値から未来像を描くとともに、人財育成や学び・対話を通じたカルチャー醸成にも取り組んでいる。
辻村 和正
株式会社インフォバーン
執行役員/IDLディレクター
大阪経済大学情報社会学部、国際共創学部非常勤講師
東京外国語大学卒業後、渡米し、南カリフォルニア建築大学大学院修了、建築学修士。国内外の建築デザインオフィス、デジタルプロダクションを経て、2014年にインフォバーンに入社。製造業を中心とした大手企業に対して、デザイン・ディレクターとしてデザインリサーチを起点に様々なスケールのサービス・プロダクトのデザイン提案を主導。主な受賞歴に、文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品、New York Film Festival Finalist、ACM UIST Best Demo、日本デザイン学会年間作品賞等がある。また、東京大学大学院学際情報学府にてHCI、建築、デザインリサーチを横断した学際的研究にも取り組んでいる。
山岸智子
株式会社インフォバーン
IDLデザイナー
人間中心設計推進機構(HCD-Net)認定 人間中心設計スペシャリスト
メーカーにてスマホアプリを中心としたUI/UXデザインに従事した後、2015年よりインフォバーンに移籍。デザインシンキングやビジョンドリブンのアプローチを実践、応用しながら様々な領域のプロダクトやサービスデザインプロジェクトに取り組んでいる。
阿部 俊介
株式会社インフォバーン
IDLデザインリサーチャー
法政大学大学院デザイン工学研究科システムデザイン専攻修了。在学中は主にプロダクトデザインやプロトタイプの設計手法を学ぶ。在学中に取り組んだプロジェクトが、ジェームズダイソンアワード2019 にて国際TOP20に選出。 2020年より株式会社インフォバーンに参画。デザインリサーチャーとして、定性調査を基軸としたビジョン策定・製品/サービス開発支援・事業開発支援・マーケティングコミュニケーション戦略策定支援など、幅広い領域の案件に携わる。
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